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ID番号 1000020 更新日  平成31年4月28日  印刷

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市長メッセージ(令和元年(2019年)5月1日)

平成から令和へ

元号が「平成」から「令和」になって初めてのお便りです。感慨深いものがあります。身の引き締まる思いもします。来(こ)し方を振り返る日々に今年は特に桜が美しく、長い間楽しませてくれました。
平成の時代はやはり辛かったことが思い出されます。平成7(1995)年の阪神・淡路大震災。来年で25年、街はその姿を大きく変えました。愛する人を亡くしたご遺族の悲しみは未だ癒えることはないと思います。私もこの年は桜を見ることはありませんでした。続いての地下鉄サリン事件、今なお多くの方々が後遺症で苦しんでいらっしゃいます。
家族連れでにぎわった宝塚ファミリーランドの閉園も、平成の半ばのことでした。春は桜、秋は菊人形、夏のおばけ屋敷も忘れられません。ジェットコースターに動物園、植物園、新聞屋さんにもらった割引券を握りしめてお弁当さげて…。今でも“遊園地”と聞くと阪急電車に手を振ったりしながら、一日中遊んだファミリーランドの楽しい日々が、ついこの間のことのように思い出されて胸が熱くなります。
JR福知山線の脱線事故は、何とも悔しく、無残なことでした。救出に出動した消防隊員が、今でも闇の中に鳴る携帯電話の音を聞くと、身が震えると話していました。多くの命を奪い、今なお心と体の傷を抱えて生きていらっしゃる方々を思うと、この事故への責任は果たしてきちんと取られたのだろうか、という疑問が払拭(ふっしょく)できずにいます。毎年、桜が散ったあと事故現場に花を手向ける時、「決して忘れませんから」と心の中で誓います。
そして東日本大震災が起きたのは平成23(2011)年のことでした。戦後最大の大災害、その直後に最悪の原発事故がありました。その復興はまだまだ道半ば。本市も南三陸町と女川町に職員を派遣しています。職員は阪神・淡路大震災の時の恩返し、と懸命に頑張っています。本市にも震災で避難してきた方が多く暮らしています。孤立しないように、寄り添いながらと思っていますが、その中のおひとりが今回の市議会議員選挙で当選されました。24年前とは違う震災の経験を生かして「安心、安全のまちづくり」に取り組んでくだされば嬉しいです。
今回の市議会議員選挙、投票率は40%に届かず残念でしたが、26人中、女性が10人当選しました。比率は県下でも上位にあたります。「令和」初の議会はもうすぐ始まりますが、市民の皆さまに最も近い市議会の議論に是非とも関心を持っていただきたいと思います。
結びに、平成の30年を、国民に寄り添い続け、戦争犠牲者の御魂の慰霊に尽くされた上皇陛下、上皇后陛下のお姿を決して忘れまいと心に刻みペンをおきます。


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